
こんにちは。ライト・コピーライター 神秘早紀です。
私は今、仕事の関係上
ドリーン・バーチューの本を
参考にさせて
いただいています。
彼女以上に詳しい本を
書いている人がいないからです。
(ここ、スルーしていい話なのかな)
そんなことから
「そういえば彼女って引退したんだよね」
と、噂程度に聞いた話を
思い出して
今回の記事を
書くことにしました。
多くの人は、
ドリーンの衝撃発言に対して
驚いたり、ショックや、
受け入れたりなど
結構いろいろあったようですね。
私は人の解釈ではなく
ドリーンの原文を
読みつつで、
「なぜ?」という
自分を納得したくなりました。
とはいえ、
調べる前から
私にはドリーンの判断は
納得しかありません。
ここからは私の目から見た
考察的な記事になります。
宗教はどっちだったのか。
ドリーンは
キリスト信者になる前までは
ニューエイジ思想
(スピリチュアル)で
多くの出版物やセミナーなど
ビジネスとして大成功していました。
認定がとれるような
養成講座を開いたり、
ファンが未だに根強い
オラクルカードを発行したり。
ビジネスではありますが、
信者ビジネスっぽさは
正直拭いきれません。
宗教と聞くと、
忌み嫌う人は多いですよね。
(反射的に反応する感じ)
ですが、
このビジネスモデルこそ
私たちが忌み嫌うような
宗教的なものでは?と
ふと思いました。
ドリーンのことを
盲信している人だって
中には多くいらっしゃった
と思います。
そんな彼女が
「自分のやっていたことは間違っていた」
とこれまでの
確立してきたビジネスを
完全に否定して、手放し、
キリストの道へと
転身したのですから、
私からしてみれば、
むしろ宗教から外れた
というようにも見えます。
もちろん、
現在はキリスト教の信者
とは言われていますが、
教会とか、どこかの
コミュニティに所属しているのか
そんなことは
あまり関係ない気がします。
彼女はキリスト教で
ビジネスをしようとは
一切思っていないようです。
むしろ、他の人が
キリスト関連でビジネスを
していると、
警告をブログに出しています。
Sarah Youngの
Jesus Callingという
キリストからのメッセージ的な
(チャネリングですかね)
いや、代弁者としてかな?
ベストセラー的な本に対して
警告を出しています。
Yet it is a deeply troubling book. I am going to point out 10 serious problems with Jesus Calling in the hope that you will consider and heed these warnings.
Doreen Virtue 公式ブログ https://doreenvirtue.com/2021/03/22/say-no-to-jesus-calling-new-age-channeled-books/
上記、訳文
しかし、それは非常に悩ましい本です。私は、皆さんがこれらの警告を考慮し、留意していただけることを願って、イエスの呼びかけに関する 10 の深刻な問題点を指摘します。
The point is clear: Jesus Calling is a book built upon a faulty premise and in that way a book that is dangerous and unworthy of our attention or affirmation. The great tragedy is that it is leading people away from God’s means of grace that are so sweet and so satisfying, if only we will accept and embrace them.
Doreen Virtue 公式ブログ https://doreenvirtue.com/2021/03/22/say-no-to-jesus-calling-new-age-channeled-books/
上記、訳文
要点は明らかです。『ジーザス・コーリング』は誤った前提に基づいて構築された本であり、その意味で危険であり、私たちが注目したり肯定したりする価値のない本です。大きな悲劇は、私たちが受け入れて抱きしめさえすれば、とても甘く満足のいく神の恵みの手段から人々を遠ざけているということです。
スピリチュアルを信じるか、キリストか。
私は、ドリーンの
この一連を調べてから
今の自分を
俯瞰して見てみました。
私は今、仕事でも
完全にスピリチュアルな世界。
ドリーンが警告している
「やってはいけないこと」
みたいなことも
数多くしてきましたね。。
そこで、「ふーん」くらいに
思うわけにはいかないのです。
なぜなら、私は
ジャストナウで
聖書にハマっているから。
ハマるという言葉が
なんだか軽々しいですが
約一週間前から
読み始めています。
素晴らしい書籍だと
感動しているのです。
それゆえに、
聖書こそ唯一と述べる
ドリーンの言葉は
本質的だと
私の直感は
そう言っています。
ですが、ここを完全に
肯定すると
私のこれまでが
すべて崩れ落ちそうです。
当然、今の仕事も
もうやってられないでしょう。
今までの学びすべてを
放棄することは
年月とお金を
すべて手放すことだと
同時に悟りました。
ですが、
ドリーンは私以上に
遥かに大きなものを抱えて
その上で手放したのです。
彼女は
本当にキリストを
100%で信じた
素晴らしい信者だと
感じました。
これまでの自分の功績を
功績とせず
悔い改めている姿も
なんだか感慨深いです。
ドリーンのキリスト転身、そして私もキリストを信じつつある今・・・
まだ私は
聖書を読み始めて
一週間の浅はか者ですが
この本(聖書)こそが
すべての本質で
それ以外の本は
すべて二次創作、
パワーのないもの
とすら感じてしまいました。
なんていうか
急にすべてが虚しく感じます。
ちょうどここ最近、
私の尊敬している人が
完全にキリスト信者に
なったばかりでした。
その時は
「一体どうしちゃったの?」と
ある種のショックを
私は勝手に感じて、
勝手に案じていたのですが
そんなことは
いらぬ世話でしたね。
本人からは
何か棘が消えたというか
純粋なものが
見えてくるようになりました。
そんな様子を見て
私も聖書を読んでみようかな
と思ったわけです。
もともと、
キリスト的なことに
偏見はございません。
むしろ、宗教抜きで
昔から好きでした。
クリスチャンでもないのに
教会でグッズを
しょっちゅう
買っていたくらいです笑。
私はもう、
今から予感がします。
新しい道へと
歩みつつあるかもと。
とはいえ、
どこかに所属することは
ない気がします。
興味がなさすぎる。
ただただ、自分の中で
信仰を
持っていればいいのです。
聖書にも
神殿は自分の身体として
言われています。
▼5分で分かる動画はこちら
ここで、
ドリーン・バーチューへと
戻っていきますが
何やら怪しげな
宗教へと傾倒したのではなく
キリストを信仰するという
本質的なるものに
彼女なりの真実を
見出したのだと思います。
上手くいえずすみません。
物事を見る時に、3段階の要素がある。
信仰には3つあるといいます。
①知識 knowledge
②同意 assent
③信頼 trust
①知識 knowledgeとは、
表面的な情報です。
人で言うなら、
履歴書みたいなもの。
例えば、椅子ならば、
この物体が椅子という
もの(機能)だと
認識するということ。
②同意 assentは、
人ならば、友達。
自分にとって良い人。
何かを頼んだりできる人。
椅子ならば、
使えるもの。
もしかすると必需品。
③信頼 trustは、
人ならば、愛。
すべてを共有。
絶対的な信頼。
椅子ならば、
この椅子は安全だと
すべて身を委ねられる。
・・・このような理解です。
このお話は
こちらの本で知りました。
『視点を変えてみれば 19歳からのキリスト教』 著者・塩谷 直也 氏
ここらでこの記事を
まとめますと、
ドリーンのキリスト教への
信仰は、
信頼 trust です。
口先ではないですね。
すべてを手放せたくらい
本気なのだから。
一方で、
私は同意 assent でしょうか。
キリスト教というか
聖書には愛着を
感じつつあり、
ですが、
同時に聖書の教えに背く
行動(仕事)などをしている。
それはまだ手放せない。
いいとこ取りを
している感じですね。
ドリーンを通して
私はまさかの
いろいろな思いを
めぐらしていくのでしょう。
自分自身という神殿に
信仰をひっそりと
持ちたいと思います。
ありがとうございました。
愛と感謝を込めまして。
神秘早紀